軽井沢町は原告に対して損害賠償金の支払いを命じられた
軽井沢町にとって初めての「条例違反、名前公表」の裁判は3年間続き、令和7年1月30日に判決が言い渡された。これは単に一つのカフェだけの問題ではなく、軽井沢町役場の体質に関わる問題とも言える。
ハーモニーハウス(エロイーズ・カフェ)について
まず最初に、問題の舞台となった「エロイーズ・カフェ」こと「ハーモニーハウス」についてお話しましょう。問題が起こる前までの経過について。

(上の 写真はハーモニーハウス内のエロイーズカフェ)
南ヶ丘の緑豊かな別荘地に米国人宣教師の娘エロイーズ・カニングハムが建てたハーモニーハウスは、名匠・吉村順三の設計による音楽堂を備えた夏の音楽合宿所でした。エロイーズは戦後貧しい日本の子供たちに本物の音楽を知ってほしいと青少年音楽協会を設立し、子供の頃から夏を過ごしていた軽井沢にこの家を建て、音楽家の卵たちを育てました。ここで学んだ音楽家には著名な音楽家が何人もいます。
エロイーズが101歳で亡くなると青少年音楽協会は赤字を背負うことが出来なくなり、この土地建物を売却するしかないというところまで追い詰められました。吉村順三の名建築ハーモニーハウスは軽井沢町の文化遺産として軽井沢町のブループラークの認定を受けていました。
この話を聞いた軽井沢総合研究所の土屋勇磨氏は、エロイーズ・カニングハムの想いを受け継ぎ、ハーモニーハウスを保存する方法はないかと仲間と相談し、カフェとして活用してその売り上げから青少年楽協会へ家賃を払えば音楽協会も維持でき、建物も保存できるというプランを考えました。 エロイーズの名前を付けたカフェが平成27年の春にオープン。緑に包まれた環境の良さ、名建築の話題性などからマスコミが取り上げ、TBSテレビの人気番組「マツコの知らない世界」で紹介されると観光客が押し寄せ、道路いっぱいに車の列が続くようになったのです。
裁判について
この裁判は軽井沢町南ヶ丘にあるエロイーズ・カフェを運営する軽井沢総合研究所が、条例違反として不当に社名を公表されたとして令和3年12月に軽井沢町に損害賠償を求めた訴訟です。裁判は3年にわたり行われました。1月30日に長野地方裁判所上田支部で3人の裁判官によって判決が出され、軽井沢町に110万円の損害賠償金を払うことが命じられました。
S(佐藤) 広川さんはこの問題を裁判になる前から取材していましたね。どういうことが問題だったのですか
H(広川) 問題点はいくつかあるのですが、順を追って説明しましょう。軽井沢ではお店を開業するときに、軽井沢町役場へ「自然保護のための土地利用行為の手続等に関する条例」に基づいて、「土地利用行為協議書」を提出して事前協議を行うことになっています。協議終了書がないとオープンはできないのです。
M(森) ではなぜ、エロイーズ・カフェはオープンできたのですか。
H 一般的に協議書の提出は設計を請け負った会社が提出します。エロイーズ・カフェも設計士から役場へ提出し終えたと報告を受け、保健所の審査もOKだったので営業を始めました。平成27年の4月です。
この協議書には「こういうお店をオープンします」と近隣の人たちへ説明したという近隣説明経過書を付けます。エロイーズ・カフェもオープンの時は店長が近所を回り、近所の人たちも快く説明を受け、食事に来たりコンサートを聴きに来たりしていました。
M オープン当時は問題がなかったわけですね。それがなぜ?

(エロイーズカフェのテラス。)
S 「マツコの知らない世界」などのテレビに紹介されて、近所との騒動になったことが発端でしたね。
H その番組だけではなく、いろいろな雑誌やテレビ番組に紹介されて観光客の行列ができ、車の渋滞が続くようになりました。
S 夏が近くなると軽井沢特集をマスコミが取り上げますから。それで人気店になったんですね。
H それで近所からの苦情が役場にも届き、環境課が調べたら協議が終了していないじゃないか、と。
M オープンできたのに?
H 設計士は自分が出し忘れたのかなと思ったけど、どこにもない、やはり提出したんだと。
S 協議書の行方がわからなくなったということですね。
2年間の空白と近隣トラブル

(音響が素晴らしい木造の音楽ホール)
H しかもオープンしたのが平成27年、役場が「協議は終了していない」と言ってきたのは平成29年、2年も経ってからなんですよ。
M マスコミがとりあげていたのだから、営業しているのを知らないわけがないですね。
S 軽井沢ではこのカフェだけでなく旧軽井沢のジェラート屋とか、追分の朝食の店とかも行列になって近隣が騒いでいましたよ。
H いわゆるオーバーツーリズムの影響。観光客が押し寄せる前、エロイーズ・カフェはは別荘の人が散歩途中に立ち寄る静かなカフェでゆっくりくつろげてとてもよかったんだけど、観光客が押し寄せてからは近づけない店になってしまった。近隣住民だけでなく、店の人も対応に大変だったのよ。
M 近隣とのトラブルは、役場がどのように解決したの。
H 役場は何もしませんよ。「あなたたちで解決してください」というのが役場のスタンス。近隣と言っても別荘の人たちではなく、都会からの移住者だからパワーがすごい。カフェは近所の人に一生懸命対応していましたよ。「車がスピード出して危ない」というからカフェは「車は20K」という看板を数カ所に出した。けど住民は、「砂ほこりが立つから舗装しろ」と文句を言ってくる。そこは町道なのに近隣住民はカフェにそんなこと要求してくるっておかしくないですか。「車の渋滞が迷惑だ」というクレームが来るから晴山ゴルフ場の駐車場を借りて、そこから歩いてもらうことにしたら「家の中をのぞかれる」「おしゃべりがうるさい」「ゴミを捨てられる」と。「タバコの匂いが嫌だから外も禁煙にして(館内は禁煙にしている)」とか「ゴミ収集車が朝来るのを止めさせて(清掃会社の都合による)」「家との境に塀を作って(軽井沢では塀は作ってはいけない規則がある)」など、無知で言いたい放題なので取材していて呆れました。
自分たちの要求はする彼らに、「文化遺産のこの建物を維持するためにカフェにしている」「カフェを止めたら、この建物を維持できなくなる」と言っても全く理解できない。「文化遺産?自分たちには関係ない。カフェを止めて静かな環境になればいい」とそれだけしか言わない移住者たち。
M オーバーツーリズムをほったらかしている役場の責任は?
H 役場は責任なんて感じてないですね。オーバーツーリズム対策は効果の薄い「パーク&レールライド」だけしかやっていませんよ。
S こういう問題は必ずまた出てきます。大変なオーバーツーリズムなんだから、マイカー規制をするべきなんですよ。
M 排気ガスもすごくて「軽井沢は屋根のない病院」なんて言えませんね。
12回も突き返された協議書
S カフェが訴訟を起こしたのはなぜですか。
H 協議書を出しても出しても「これではダメだ」と役場は受け取らず、結局期限までに提出できないからと社名と代表名や住所まで公表したわけです。これは以前東京都が、違反したパチンコ店の名前を公表した時でさえ社名だけで代表者名など出さなかったことを考えると明らかにやり過ぎです。12回も出しても受け取らないって異常ですよ(13回目に担当者が変わって受け取ってくれた)。
M なぜ受け取らないんですか。
H 持っていくたびに協議書のここを直せという指示が追加されるんです。一度に言わず、小出しされる。意地が悪い担当者なんだと思いました。担当が代わった13回目に、「直すところはこの数カ所」と見本まで書いてくれてすぐに終わりました。できることをやらないのは意地悪としか取れません。わざと遅らせているのかなと思ったほどです。今回の裁判で指導の仕方が不相当と言われ名前も出ています。もちろん、被告は当時の町長ですが、直接指導にあたった土赤氏(判決文に名前が出ているので書くことは問題ない)は町民にとってかなり問題の人物と言えます。
M 期限内に間に合わなかった理由は何ですか?
H 境界線だけの人への説明でいいものを50m範囲内を回れと言ってきた。更に直接会って意見を聞くことを義務付けたんですよね。郵送の場合は配達証明書がいるとか、テラスの移動とか、営業時間を短くしろとか、そうでなければ協議書を受け取らないと。
M それじゃまるで脅しじゃないですか。
H そうしたやり方は今回の判決文ですべて問題視されて不相当な指導と判断されています。

(当時、環境課が出してきた黒塗りの情報公開請求の議事録)
S 当時の環境課は対応が悪いと評判でした。質問書を出しても木で鼻をくくったような文書しか出してこないし、秘密主義で真っ黒な議事録を平気で出してきますからね。
H その土赤氏、今は町役場の花形部署といわれる総合政策室で庁舎建替えの検討会を仕切っている室長ですよ。環境課でよくやったと評価されたのでしょうか。
M え、そうなの?そういう人を室長にして仕切らせるのは止めてもらいたい。また江戸時代のように「お上の言うことをきけ~」となりますよ。
H 不思議に思ったのは、協議書を何回も突き返してくるので「何をもってこれで良いと判断するのか」と、書面で弁護士が聞いても「判断は町がするものです」という回答だったことですね。これには弁護士も首を傾げていましたね。
S すべて「いい悪いを決めるのはお上(カミ)である町が決める」というやり方です。そういう体質の町役場なんですよ。だれが町長になっても同じことなんです。
M わぁ、江戸時代のまんまじゃありませんか。
H 意地が悪いと言われても仕方ないだろうと思うことは幾つかあります。そのことは判決文の中で指摘されていることに現れています。
(次回・「裁判所の判断」へ続く))