消えたハーモニーハウス&メロディハウス

エロイーズ・カニングハムの想いをこめて、名匠吉村順三が設計したハーモニーハウスとメロディハウスが消えていた。それはなぜか、軽井沢町との裁判が関係しているのか。

        (メロディハウスと呼ばれるエロイーズ・カニングハムの別荘。同じ敷地内)

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吉村順三の建築で、庭の美しい人気カフェだった

S(佐藤) 軽井沢ナショナルトラストの創立者の一人、広川さんはハーモニーハウス(エロイーズカフェ)の問題を取材し続けてきましたね。

H(広川) 軽井沢文化遺産保存会の副会長として、今まで三井三郎助別荘や川端康成別荘の保存運動を行ってきました。ハーモニーハウスは軽井沢町から文化遺産としてブループラーク認定を受けた建物ですし、エロイーズさんの気持ちを汲んだ建築家、吉村順三さんが建てた名建築ですから、建物と環境を維持するためにカフェにしたときから、見守ってきました。

            (オープン当時のエロイーズカフェ店内)

M(森) カフェとしてオープンした頃は私も何回か訪れてフレンチトーストや三笠カレーをいただきながら緑に包まれた庭園を眺めてステキなカフェだなと思っていました。それがこんなことで消えてしまうなんて…。

H いえいえ、誤解されやすいのですが、壊された直接の原因は近隣住民の反対運動のせいでも、裁判のせいでもないのです。

M では、なぜ壊されたのですか。

きびしい下水道の規則

H これは浄化槽の問題なのです。

M 浄化槽?ですか。

H 2023年春に浄化槽の検査があり、浄化槽が漏れているということがわかりました。取り替えなければ営業ができないので調べてみたら昭和時代に建築した時は5人槽だったのです。

その頃の時代は何も規制がなかったのでそれでよかったらしいのですが、今はレストランが5人用の浄化槽というわけにはいきません。

         (エロイーズの夢の城だったハーモニーハウスに関しての説明)

S 今は規則がきびしくなって、浄化槽は店舗形態によって大きさが変わるんですよ。

H 浄化槽を替えるのは相当高い金額がかかります。エロイーズ・カフェは名前公表の影響やコロナ禍の影響で資金がない。それなら私が一時的に貸してあげて、利益が出たら返してもらえばいい、と追分の土地を売って貸してあげようとしたのです。

M 太っ腹ですね。

H 三井別荘の保存運動をしたときに、藤巻町長に「保存したいと思うなら、自分たちで資金を出すくらいでなければダメだ」と言われた言葉が心に残っていました。

S 町長がそんなことを言っていたから、三笠ホテルと同じくらい価値がある三井別荘を保存できなかったんですよ。中国人が買って結局壊されてしまった。あれは町の損失でした。

H 私は土地を売る準備をしていたのですが、浄化槽の見積もりを取ってみたら、5千万円もかかるということがわかりました。これでは追分の小さな土地を売っただけではとても足りない。

M なぜ、そんなにかかるんですか。

S 今の長野県の規則では、建物の面積と店舗の形態などによって浄化槽の大きさが決められるのです。

H そうなんですよね。カフェとして使っているスペースは12席なので狭いのですが、シェアハウスとして使っていた寄宿舎や音楽ホールがあるので、建物全体では100坪を超える広さなのです。更に1200坪ある庭の樹木を移動しなくてはならなくて、大掛かりになることがわかりました。もっと安くする方法はないかと軽井沢衛生企業に聞きに行ったり、他社からの見積もりを取ったりしましたが、価格は安くなりませんでした。役場の下水道課にも行って、町の下水道につなげられないかと聞きましたが、「南ヶ丘の別荘地には通っていない。通っているのはずっと離れたところだから、もっと費用がかかる」と一笑されました。

軽井沢自然保護対策要綱によって保存が不可能に

M 確かに別荘地はどこも個別の浄化槽ですものね。

H おまけに屋根の雨漏りがひどくて修理に1千万円もかかる問題も出てきました。軽井沢総合研究所では株主たちが会議を開き、客席12席しかないのでは借金6000万円を背負ってはペイできない、という結論になったのです。

S そうでしたか。そういう事情は知られていないので、住民の反対運動や裁判のせいだと思っている人が多いのではないかと思います。

H 結局、軽井沢では「文化遺産を守ろう、それが軽井沢の特別な歴史の証(あかし)になる」という理解が足りません。だから保護するための施策がないばかりか、むしろ保護できないようになっています。

M 保護できないとは?

H 軽井沢自然保護対策要綱では保養地(別荘地)の中に不特定多数の人の出入りを禁じています。軽井沢の文化遺産はたいてい保養地の中にあるので、ホテルだけでなくカフェやギャラリーも経営できません。面積が小さくてそこに暮らすならできるという条件はありますが、スペースが狭いのでなかなか営業は難しい。

S 静かな別荘地にしておきたいという条件だと思いますが。

H  もちろん、軽井沢は別荘地として成り立っているので、それは大切なことです。今回のエロイーズ・カフェのことでわかったのですが、完全予約制にすれば騒々しさや混乱はなく営業できるのです。せめて、ブループラーク認定を受けたところだけでも建物を活用して維持費を捻出できるようにしていかなければ文化遺産の保存は難しいと思います。

M  土地が売りに出されると、買った人は何もわからず簡単に壊して新しい家を建ててしまいますからね。

S その点、旧軽井沢の「涼の音」はカフェとして上手に活用して文化遺産を守っていますね。

H 商業地だから活用できたわけですが、文化遺産の認定と予約制を上手く使うことで保養地でも十分できると思います。

S 古い建物でも今は建築技術で保存は可能です。軽井沢の価値を大切にしたいと思うなら、行政は文化遺産をどのように守って次世代へつなげていくかを考えないといけないですね。

               (メロディハウス内部を見学)

ハーモニーハウス、最後の見学会

2024年7月、土地を手放すことが決まったため(手放したら建物は壊されて売られる)、ハーモニーハウスとメロディハウスの最後の見学会が行われた。

                 (シェアハウスの廊下)

吉村順三の建築はたくさんあるが、軽井沢の場合、個人の別荘が多いため見学はなかなかできない。エロイーズ・カフェでは建築を学ぶ学生や建築に関心のある一般の人にときどき見学会を行い、貴重な資料も展示する機会を設けていた。

         (若き日のエロイーズ・カニングハムの写真と愛用のティーカップ)

ハーモニーハウスでは音楽ホールにエロイーズさん愛用の品々も展示。参加者たちは吉村順三デザインの照明器具や暖炉、スロープ階段を写真に収めていた。

            (最後となった2024年7月の見学会)

参加していた音楽家のマキ奈尾美さんがエロイーズさん愛用のピアノを演奏。美しいメロディがホールに響き渡った。

その旋律を聞いて私は悲しくなった。エロイーズさんが愛宕山の別荘を売り払い、どんな想いでこの建物を建ててハーモニーハウスと名づけたか。考えると残念で仕方なかった。

直接の原因ではないけれど、もし近隣の住民に理解があったら、もし町役場の担当者が早くに協議書を終了させていたら、もしコロナ禍でなかったら、営業できて浄化槽を何とかできたかもしれなかったという想いに胸がいっぱいになった。

(広川小夜子)

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